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はるかは、嘘が下手だ。そんなはるかの嘘を見破ることなんて、私にはたやすいことだ。 戦闘の最中、ドラクル伯爵がこちらに向かってくるのを感じた。迎え撃とうとして、その瞳に宿る悲しみを認め、一瞬、動きを止めてしまった。 それから、何が起こったのかわからない。気づいた時には、私の体は地面に投げ出されていた。少し頭痛がし、嫌な夢の残滓を感じた。 「悪い夢を見ていたみたい」 そばに駆け寄ってくれたウラヌスに告げると、彼女はそっと言った。 「…大丈夫。二人で空を走っただけだ」 でも、そう言うウラヌスの睫がわずかに揺れたのを、私は見逃さなかった。 何となくわだかまりを感じながらも、その戦闘の後、はるかと私は部屋に帰った。 まだ、戦いの全ては終わっていない気がしていた。でもとりあえず、皆、心と身体を休ませたかった。 うさぎの家に亜美ちゃんたちとちびうさちゃんたち５人が泊まることになった。うさぎが、家族が皆出かけている家に、一人でいたくないと言ったのだ。せつなさんは、ほたるを連れて帰った。あのような形で父親を失った彼女の支えになれるだろうと思う。 帰宅して、二人でリビングのソファに腰掛けた。隣り合って座り、身を寄せ合った。 思っていたよりも疲れていたらしく、少しまどろんだようだった。目が覚めた時、隣にいたはずのはるかはそこにはいなかった。代わりに、寝室からわざわざ持ってきたらしい毛布がかけられていた。突然寒さを感じて、わずかに身震いする。 起き上がり、はるかの姿を探す。と、ダイニングからコーヒーを載せたトレイを持って出てきた。 「目が覚めた？」 「…ええ」 「何か飲む？」 「水でいいわ」 少し笑ってはるかはダイニングに消え、ミネラルウォーターを注いだグラスを片手にもう一度戻ってきた。 そのまま先程と同じように、私の隣に腰掛ける。喉が渇いていたので水を一口飲んで、私は言った。 「夢を見たわ」 「夢？」 できる限り、平静を装いながら私は答えた。 「そう。私が吸血鬼になって、皆を襲うの」 はるかの肩がわずかに跳ね上がった。やっぱり、と思った。 「夢では、なかったのね」 はるかは目を伏せた。そのはるかの頬を両手で包み込み、静かに尋ねる。 「私は、あなたを傷つけなかった？」 「傷つけるなんて...傷つけようとしたのは、僕の方だ。僕が…」 かすかに、記憶が蘇る。ぼんやりとした場景。その中でウラヌスは、まっすぐに私の前に立っていた。剣を構え、強く、そして悲しい瞳で私を見ていた。何かを私に向かって語りかけていた。その言葉は、私の耳には届かなかった。ただ、最後の言葉だけが聞き取れた。 「ありがとう」 その時、はるかが何を語ったのか、何を告げようとしていたのかはわからない。でも、最後のその言葉だけは、はっきりと私に届いた。そして、はるかが何をしようとしていたのかもわかっていた。 「ありがとう。私を、止めようとしてくれたのね」 はるかはうつむいた。手を固く握りしめ、かすかに肩を震わせる。 そんなはるかの気持ちを緩めてあげたい、と思った。そっと手を伸ばし、抱きしめる。細い体が僅かに緊張し、すぐにほぐれる。 「はるかは間違っていないわ…あなたに殺されるなら、それでも良かったわ。」 「僕は…嫌だ…」 そう言いながらはるかは、ゆっくりと私の背に手を回した。 「君が消えないで良かった」 吸血鬼が最期を迎える時は、灰になって消えてしまうと、昔から言われている。 私が意識を取り戻した時、ドラクル伯爵の姿はどこにも見えなかった。あの人も...悲しい瞳をしたあの人も、灰となって消えたのか。 「大丈夫よ、私はここにいるわ」 「…うん。」 安心したようにうなずいて、はるかは私を強く抱きしめた。 「はるか、そんなにしたら苦しいわ」 それも幸せであることを悟られないよう、そっと告げる。 「跡、残ってる」 いくらか腕を緩めたはるかは、私の首筋を見て言った。 「痛みはないの。すぐに消えるわ」 はるかは、そっとうなずいた。 気持ちが幾分か落ち着いたらしく、はるかの身体から緊張が完全にほぐれ去った。 「ねえ、はるか。もし、あなたが吸血鬼になったら…」 「え？」 「その時は、あなたの牙で、私を噛んで。吸血鬼として、一緒に生きましょう」 「何を言ってるんだ。もし、その時は、君が僕を止めて。君以外の手にはかかりたくない」 そう言いながら、はるかははっと何かに気づいたように見えた。 「…でも、それがみちるの心を傷つけるのなら、みちるの手でなくてもいいけど」 私を倒そうとした時、はるかはきっと傷ついてくれたのだと思う。 「分かったわ。その時は、私があなたを止めてあげる」 嘘。 はるかと共にいられるのなら。プリンセスも、月も、私には...。 それ以上のことは、口に出すことはもちろん、心に思うことすらも、おそらくは禁忌なのだと思う。 それでも。 窓の外には、銀色の月が夜を照らしている。私たちを監視しているように見えた。 私は立ち上がり、音を立ててカーテンを閉めた。 |