トランシルバニアの森に
「あなたのお父上は、日本で亡くなられました。」
突然私の前に現れたその「人」は、私の前に膝まづくと、そう告げた。その女性は以前父上が私に話した、私の母にどことなく似ている感じがした。
「私の名はル・フェイ。あなたのお父上の最期の願いにより、あなたの元に参りました。」
「ル・フェイだと…？」
「はい。」
と、その女性はうなづいた。
「一介のナイトメアに過ぎなかった私に、ドラクル様はその血を与えてくださいました。そしてル・フェイと、人間としての名を下さったのです。」
「ル・フェイというのは、私の母の名だ。それを知っているのか。」
「はい。あなたにお会いし、母と名乗れと、ドラクル様はおっしゃいました。」
「勝手な話だ。」
さらりと言ってのけるその女性に、怒りすら覚えて私は吐き棄てた。
「ですが、それがお父上の最期の願いでした。そして、あなたにこれをお渡しせよと。」
そう言って「ル・フェイ」(他に呼びようがないからそう呼ぶだけのことだ。)は巨大なフラスコのようなガラスの器を指し示した。
「ヴァンパイアとは、人の血を吸って生きるもの。ですが、人間との間にお生まれになったヴァンピール様、あなたは人の血を吸うことを嫌って、こうして人の住まぬ森に生きていらっしゃると聞きました。ですが、これがあれば…。」
「…それがあれば、人の血を吸わずとも生きられるというのか。」
「はい。」
と、「ル・フェイ」はうなずいた。
「間もなくこのフラスコより、人工生命が誕生します。人工生命、ホムンクルスは人ではありません。」
「ホムンクルス？」
「人が作った、人に似せてつくった生命。」
人ではありません、と、彼女はもう一度言った。
「これがあれば、ヴァンパイアとしての宿命から逃れられるのです。」
何かを思い出すようにして、「ル・フェイ」は私に告げた。
「あなたのお父上があなたのために、命を賭して…。」
「…黙れ。」
「ヴァンピール様。お父上のお気持ちを…。」
「黙れと言っている！」
煩わしかった。突然表れて母のように(私には母の記憶などまったくなかったが)振舞おうとするこの女が。そして、こうあれとこの女に命じた父が。何もかも、煩わしく感じられた。
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